[1]自分たちの「語り口」から逃れる

 

前編から続く)

 

中岡 でもまだ例えが生き物であるだけマシだよ。臨床哲学教室では「ロボット発言事件」というのがありましたから。ケアされる患者を哲学的な問いの文脈でロボットに例えたことが、看護職の方を怒らせてしまった。

 

池田 対象が何であれ、ケアしているのは人間なんでしょ? ヒューマンケア、つまりヒューマンとしてケアをすることのほうが大事なんじゃないの?

 

中岡 看護職の立場からすると、患者さんがロボットである可能性を考えるだけでもそれはヒューマニスティックではないと思うわけです。で、そういう想定をするだけでけしからんという話になった……。

 

池田 でも人間っていうのは誰でも他者を「普通の人間と見なさない」ようなことをしているんですよ。特定の状態にある者を、ある意味では同じ人間として扱わないカテゴリーに区別する。例えば出生前の胚、重篤な症状を持つ障害者、脳死者、認知症者、QOLが低下した人、成年後見人が必要とされる人などに対して、必ずしも積極的な暴力を行使しないまでもネグレクトに近い形でかれらを死に追いやることだって、現実にあるわけでしょ。

 

西村 まあ……。だけど脳死者というラベルを貼るから移植が可能なんですよね。

 

中岡 あるいは解剖でも、一旦は「これはもう人間じゃない」と思わないとたぶん切り刻めないという面はある。

 

池田 それはそうだし、また例えばQOLが低い人ならそれを高めてあげようとする意思や動きが発動したりもする。「普通」から除外されそうな人を「ヒューマン」のほうに引き上げるということですね。だけど、これもカテゴリーの移動をやってるんだよ。

 

中岡 「人間なんだから」という、べったりした見方だけで話を閉じてしまってはいけないのですよね。この人は今、ある意味で「人間じゃない状態」に置かれている。時にはそういう区別をするけれど、ただその区別を固定化しない。この区別からあの区別へと、条件が変われば移ることができるという柔軟さが必要なんです。

 

池田 そうそう、そうですよね。あるいは区別をしている自分に気づくこと、意識的であること。

 

西村 そこは大事ですよね。

 

池田 ヘーゲルによると、これが人間の「悟性」のすごいところなんだって。

 

中岡 どういう場合にどの区別に依拠するのが妥当であるか、あるいは今、自分はどの区別に依拠しているか、そういうことにどれだけ意識的でいられるかという能力が必要なんでしょうね。

 

西村 知識や経験の幅も必要ですよ。いろいろなカテゴリーが自分の中にないと区別は成り立たないので。文化人類学者である池田さんには、それがありすぎるぐらいですけど。“あっちの世界”まで……

 

池田 完全にいっちゃってるからね。

 

中岡 自分で言ってるし。

 

西村 たぶん私たちは、例えば医療を提供される側の人たちに対して、知らず知らずある範囲の言葉で話しかけているんです。でも本当はもっといろいろな幅があっていいんですよね。

 

池田 看護大学の推薦入試にかかわっている高校の先生が言ってたけど、生徒のために、とにかく大学のホームページでアドミッション・ポリシーみたいなものを探すんだって。そこにあるテーゼに肉付けした作文を生徒に書かせて、入試面接でそれを朗々と語らせるんだよ。「人間的な看護」とか「人に対する思いやり」とか……。

 

西村 入学前から判で押したような語り口にしちゃうんですね。でもそれは、看護だけではなくいろんな分野で起こっていますよ。

 

池田 そうなってる学生たちを目覚めさせるのは大変でしょ。「人に優しく、共感しなさい」と当たり前のように言うけれど、「本気で共感したら冷静な看護はでけへんやろ」とか「自分の感情だって嘘ついてるかもしれへんやろ」とか「患者が痛い痛い言ってるけど、ほんまはあんまり痛くないかもしれへんぞ、お前もそういうことあるやろ」とか言うと「確かにありますねっ!」 みたいなことを気づかせるのは。

 

西村 そうですね(笑)。

[1] 自分たちの「語り口」から逃れる

「看護職の立場からすると、患者さんがロボットである可能性を考えるだけでも、それはヒューマニスティックではないと思うわけです」── 中岡

[2]高齢者の問題を自分の行く末

[2]として考えられるか

「90歳を超えても侵襲性が高い手術を行うことに医療者自身も躊躇を感じることはある」── 西村

[3]新しい時代の学びと教育

「長い間苦労しながら試行錯誤してきたことが一発で覆されるような、逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれることもあるし、そうなったらむしろ祝福すべきなんだ」── 池田

教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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