精神科看護における身体拘束のEBP

 

秋田友美 *1

*1 大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 助教

 

 

精神科臨床における身体的拘束

 精神科では非自発的な治療が行われることがある。行動制限はその一つであり、制限度の最も強いものに身体的拘束がある。身体的拘束は患者の自由を著しく制限するという特性上、精神保健福祉法に則り精神保健指定医の指示の下で慎重に行われる。しかし臨床において、興奮していたり必死で抵抗していたりする患者に対し、患者―看護師双方の安全を確保しながら、患者のニーズを最大限に尊重しつつ、身体的拘束を行うことは容易ではない。言葉による説得や、時には多人数で身体的に介入することもあるが、確立された身体的拘束の方法は臨床現場では使用されていない現状にある。

 また、身体的拘束の実施は医療に対する患者の不信感を強め、慢性的な経過をたどることの多い精神科領域において、治療継続を妨げる要因の一つとなっている1)。さらに身体的拘束は、身体を固定するため身体的な障害を生じさせる危険性もはらんでいる。精神科における身体的拘束の目的は精神運動興奮から患者自身や他者を保護するというものであるが、その効果はそういった危険性を凌ぐものであろうか。

 以上より、精神科における身体的拘束に関してエビデンスに基づき現在明らかになっている事柄を紹介する。

 

身体的拘束の効果、安全性に関するエビデンス

 医療におけるエビデンスは既存の研究により構築されるが、それらを批判的に吟味し質の高い研究のみを系統的に統合したシステマティックレビュー(SR)の結果はエビデンスレベルが高いとされている。

 SRのデータベースであるコクランライブラリーで身体的拘束に関する用語にて検索したところ、その効果や安全性について述べられているものは2013年10月の時点で7件であり、精神科における身体的拘束(薬物による化学的拘束は除く)に言及したものは2件であった。これらのSRは複数回更新され、今後も更新される予定だが、現時点では両者とも高いエビデンスレベルの基準にあった研究は見つからなかったと結論づけている 2, 3)。

 一方で、精神科には限定されていないが、急性期病棟と入所型ケア施設の研究を対象とし、身体的拘束の危険性に関するエビデンスに対してSRを行った研究4)がある。この研究は、系統的なレビューを行い拘束の有無で結果を比較するために、RCTと観察研究が採用されデータは統合された。統計的な蓄積が適切でなかったり不可能であったりした場合は、結果はナラティブによって要約された。つまり、具体的な損傷の発生を調査するために、記述的研究や症例研究も含まれていた。

 その結果、損傷の発生率に関して取り扱った研究は少なく、その数少ない研究は重大な損傷は稀であるとした。しかし、これらの結果にも関わらず死亡証明書や死亡報告書の調査では、身体的拘束の使用の結果、対象者の死が起こっていると明確に証明していると述べている。また、記述的研究から「神経損傷」や「突然死」「窒息」「死」が、身体的拘束によって引き起こされていることを明らかにしている。

 これらの情報は、後ろ向き調査で少ない症例数の症例研究がほとんどであったことや、一般的な死亡報告書がデータの資源となっているという事実から、高いエビデンスでは支持されていないと言える。しかし有害事象の調査は長年にも渡っていることから、調査の間、報告の数が少ないことは大変驚くべきことであるとし、過少報告のような問題の結果、調査で明らかにされていない死や重大な損傷の発生が、検死官や研究者による発見を逃れている可能性があると指摘している。

 

現在確立されているエビデンスに基づいたガイドライン

 以上のように、身体的拘束の効果は不明確でありエビデンスレベルは低いものの、身体的拘束が引き起こす損傷が重大なものであることが明らかになっている。その中でも、イギリスのThe National Institute for Health and Clinical Excellence(NICE)の発行する「暴力」への対策方法のガイドライン 5)の一部に、身体的拘束に関してエビデンスに基づいた推奨項目が記載されているため紹介する(表1[PDF])。

 NICEは、SRの手法に基づき、再現性が確保された上でエビデンスの検証を行い、その検証されたエビデンスからどのように推奨方法を導き出したかを明確にしており、臨床ガイドライン開発のためのロールモデルとして国際的に高い評価を受けている。

 推奨項目のエビデンスレベルは低く、DあるいはD(GPP)であり、これらは症例報告のような非分析的研究か、専門家の意見や正式な過程でコンセンサスを得たものから推奨された方法であることを示している。

 

臨床への普及を目的に開発された研修カリキュラム

 NICEガイドラインでは、身体的拘束は最終手段かつ短時間の使用として推奨されているが、イギリスにおいて身体的拘束は未だよく行われ、ガイドラインは遵守されていないと指摘する研究 6)もある。このように、臨床にガイドラインが根付かずにある現状に対して、アメリカでは隔離拘束を削減するため研修カリキュラム 7)を作成し、複数の精神科施設にて効果を上げている 8)。

 このカリキュラムは、アメリカのThe National Association of State Mental Health Program Directors(NASMHPD)によって、調査研究や関連文献のレビューをはじめ隔離・身体拘束減少に対する各州の実践経験の他、国を代表する専門家や精神保健にとって主要な利害関係にある者の意見に基づき開発された。エビデンスレベルの提示はないが、このカリキュラムにまとめられたコア戦略(表2[PDF])は、アメリカ精神科看護協会や精神医学会など多岐にわたり支持されており、オーストラリアではその考えが組み込まれた隔離・身体拘束に関する基本方針、ガイドライン、監査項目に関する通知が2009年9月に公示されているため、信頼性の高いカリキュラムと言える 9)。

 

今後の課題

 精神科における身体的拘束の効果や安全性について、現時点でエビデンスレベルの高い研究は明らかになっていない。しかし質の高いエビデンスが確立されていない中でも、イギリスにおけるガイドラインやアメリカの研修カリキュラムのように、あらゆる種類の研究を系統的にレビューし専門家や当事者らの意見を踏まえ、現時点で確立されている最大限のエビデンスに基づいた具体的な推奨を行うことは、臨床実践においては大変重要である。

 身体的拘束の効果や安全性において高いエビデンスレベルが確立できない要因を考えると、精神症状が客観的に数値化されにくいことや、倫理的観点から身体的拘束に対する実験的研究が困難であること、また他の治療と併用して行われることがほとんどであることからさまざまなバイアスが排除できないなどを原因として、エビデンスレベルの高いRCTが行えない現状にあることが挙げられる。

 しかし、個々の研究の症例数が少ないことや、研究の形を取っていないことでエビデンスレベルが低いとされ、SRの対象文献として見逃されるのは危険である。それは上述した身体的拘束に関して死亡や重大な損傷の発生リスクを訴えた研究からも言える。このように、過少報告が生じたり症例研究のデータが十分に統合できなかったりする理由は、データを系統的に報告する方法が確立されていないことが大きく影響していると考えられる。

 以上より、実験的介入の難しい精神科の臨床現場において、介入の効果や安全性に関してエビデンスを確立し、より臨床にあった効果的な看護実践を行うためには、事例の調査のような症例研究の蓄積においてもデータの系統的な報告事項を確立させるなど、臨床における看護介入のデータを系統的に報告できる方法が確立される必要があると言えよう。

 

引用文献

1)Bonner. G., Lowe. T., Rawcliffe D, Wellman, N. Trauma for all A pilot study of the subjective experience of physical restraint for mental health inpatients and staff in the UK. Journal of Psychiatric & Mental Health Nursing, 9(4), 465-473, 2002. DOI: 10.1046/j.1365-2850.2002.00504.x

2)Sailas, E., Fenton, M. Seclusion and restraint for people with serious mental illnesses. Cochrane Database of Systematic Reviews, CD001163, 2000. DOI: 10.1002/14651858.CD001163

3)Muralidharan, S., Fenton, M. Containment strategies for people serious mental illness. Cochrane Database of Systematic Reviews CD002084, 2006. DOI: 10.1002/14651858.CD002084.pib2

4)Evans, D., Wood, J., Lambert, L. Patient injury and physical restraint devices: a systematic review. Journal of Advanced Nursing, 41(3), 274-282, 2003. DOI: 10.1046/j.1365-2648.2003.02501.x

5)National Institute for Health and Clinical Excellence. Violence: the short-term management of disturbed / violent behavior in in-patient settings and emergency departments [a web document]. The Institute, 2005.(http://www.nice.org.uk/nicemedia/live/10964/29715/29715.pdf)[2013.11.30 確認]

6)Richer, D., Whittington, R. Violence in mental health settings: causes, consequences, management. Springer, 2006.

7)Huckshorn, K. Six Core strategies to reduce the use of seclusion and restraint planning tool [a web document]. NTAC/NASMHPD, 2005.

8)Lebel, J., Goldstein, R., The economic cost of using restraint and seclusion and the value added by restraint reduction or elimination. Psychiatric Services, 56(9), 1109-1114, 2005. DOI: 10.1176/appi.ps.56.9.1109

9)野田寿恵, 吉浜文洋, 杉山直哉. 精神保健領域における隔離・身体拘束最小化. 精神科看護, 37(9), 65-73, 2010.

 

▶トップへ

▶この本について|はじめにもくじ執筆者一覧より詳しく

▶Web公開版|第Ⅲ章