がん化学療法による悪心・嘔吐に対する非薬物的介入のEBP

 

山本瀬奈 *1、井上佳代 *1、荒尾晴惠 *2

*1 大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 博士後期課程

*2 大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 教授

 

 

エビデンスに基づいたがん看護実践の必要性

 近年、がん医療は目覚ましい発展を遂げている。中でも、革新的な新薬の開発が進んでおり、化学療法の進歩に貢献している。こうした医療の進歩を受け、その一翼を担う看護にも常に新しいエビデンスが求められている。化学療法において副作用の出現は避けられないものであり、治療を完遂するためには支持療法を適切に行うことが重要である。エビデンスに基づいた質の高い看護実践を通じて、副作用の症状を可能な限り緩和し、その影響を最小限にとどめることが求められている。

 エビデンスに基づいたがん看護実践を推進するための試みとして、2009年には米国がん看護学会(Oncology Nursing Society)によって「Putting Evidence into Practice : Improving Oncology Patients Outcome」(PEP®)が開発され、本邦でも2013年に翻訳書が発刊された1)。PEP®では、がん患者のケアに必要な主要な症状に関する文献を専門家が分析して、エビデンスを看護実践に取り入れるための活用情報(PEP®リソース)とした。症状へのさまざまな看護介入がエビデンスレベルで分類され、それらは臨床の看護師が活用しやすいように、エビデンスの重みづけを信号の色に例えて分類がなされている。

 このように、がん看護はエビデンスに基づく看護実践(Evidence-based Nursing: EBN/Evidence-based Practice: EBP)の考え方が浸透してきた領域ではあるが、現時点ではエビデンスの確立していないケアも山積しているため、システマティックレビュー(SR)の活用等を通して、より多くのエビデンスを継続して発信していかなければならない。

 

化学療法による悪心・嘔吐に対するケアの実際

 エビデンスの確立が求められているケアの一つに、化学療法による悪心・嘔吐に対するケアがある。化学療法による悪心・嘔吐は、急性、遅発性、予測性に分類され、それぞれ異なったメカニズムと出現形態を持つ。制吐薬の進歩によって、これらのマネジメントは飛躍的に改善したが、適切に予防されなければ、7〜8割の患者は悪心・嘔吐を経験すると報告されている2)。悪心・嘔吐は、患者の苦痛や不安を増強させて治療継続への意欲に影響を及ぼすことさえある。

 化学療法に携わる看護師は、悪心・嘔吐の軽減のために、治療開始前からリスクをアセスメントし、予防的な薬物療法を行うとともに、不安の軽減をはかる精神的ケアなどを実践してきた。これらに加え、近年ではさまざまな非薬物的介入のケアへの導入が模索されている。

 前述のPEP®では、化学療法による悪心・嘔吐に有効性が認められる可能性のある介入(likely to be Effective)として指圧、鍼治療、イメージ誘導療法・音楽療法・漸進的筋弛緩法(リラクセーション)といった非薬物的介入が挙げられている3)。

 悪心・嘔吐のケアに非薬物的介入を取り入れることによって、患者が「副作用だから仕方ない」と諦めるのではなく「自身で悪心・嘔吐をコントロールできる」というコンロトール感が持てて、患者を主体とした症状マネジメントが行える。本稿では、化学療法による悪心・嘔吐の非薬物的介入について最新のSRからエビデンスとしてどのようなものが確立されているかを紹介する。

 

化学療法による悪心・嘔吐のケアに関する

システマティックレビュー

 SRのデータベースであるコクラン・ライブラリーで化学療法による悪心・嘔吐のSRを検索したところ、2013年11月の時点で「chemotherapy and nausea」では40件、「chemotherapy and vomiting」では32件が検索された(重複を含む)。そのうち化学療法による悪心・嘔吐に対する非薬物的介入のSRを抽出して表1[PDF]に一覧を示した。

 

経穴(ツボ)の刺激

 手首にある内関という経穴は嘔吐を鎮めるとして、本邦でも悪心・嘔吐のケアに用いられてきた。このSRは、経穴を刺激すると、化学療法に起因する悪心・嘔吐を減らすことができるかどうかを見たものである。すべての試験は制吐剤が投与されていた。11の研究で計1,247人が分析されており、その結果、すべての経穴刺激が急性の嘔吐の発生率を減少させた。しかし、コントロール群と比較すると急性、遅発性の悪心は軽減しなかった。経穴刺激には、電気針(腕時計型のデバイスで皮膚表面に電気刺激を与える)、マニュアル鍼(電気のない鍼)、指圧(指先で押す)などが用いられた。これらの刺激の違いによるサブグループ解析の結果も報告されている。急性の悪心には、指圧が効果を示し、症状の程度を軽減させた。一方、急性の嘔吐には電気針が効果を示し発生率を減少させた。同じ鍼刺激でも、マニュアル鍼は急性の嘔吐への効果がなかった。遅発性の悪心・嘔吐にはいずれの方法も効果を示さなかった。それぞれの特徴を知りケアに用いることができれば、苦痛の軽減につながると考えられる。

 本邦では、ケアに用いることのできる経穴刺激用具の開発と検証は行われておらず、今後ケア用品としての開発が期待される。

 

漢方薬

 化学療法による悪心・嘔吐への漢方薬の効果に関するSRは、2件報告されていた。1件は、大腸がん患者を対象に漢方薬の効果を検証したSRであった。黄耆(おうぎ)を配合した煎じ薬を併用した群では、化学療法単独の群と比べ、悪心・嘔吐の発生率が有意に減少したが、方法論的な限界があり研究の質が低かった。よって、その効果を強く支持するエビデンスとは言えなかった。もう1件は、乳がん患者を対象に漢方薬の効果を検証したSRであった。悪心・嘔吐への漢方薬の効果を報告した研究が1件含まれてはいたが、すべて研究の質が低く、使用していた漢方薬の種類が異なっていたため、その効果を評価することはできなかった。

 漢方薬は継続的に摂取することで体質改善が図られ、その効果が出現するが、悪心・嘔吐がある場合には経口からの摂取が難しい。

 

生姜

 2013年に化学療法による悪心・嘔吐への生姜の効果に関するSRが報告された。生姜に含まれるジンゲロールという成分は、嘔吐中枢の刺激に関与するセロトニンの作用を抑制すると言われており、東洋医学では「ショウキョウ」という名で多くの漢方に配合されている。化学療法による悪心・嘔吐への生姜の効果を調査した研究では、効果を支持するものもあれば相反する結果を示すものもあり、その効果は不確かなままであった。このSRでは、5件の無作為化比較試験が対象となり、3件のRCTが急性の悪心や嘔吐に対する生姜の効果を支持する結果を示した一方、2件は急性・遅発性ともに悪心・嘔吐に対する生姜の効果はみられないという結果であった。このうち、悪心・嘔吐の発生率に関する情報が得られなかった1件を除き、4件のRCTから計296名のデータが再分析された。その結果、急性の悪心・嘔吐の発生率や急性の悪心の程度に統計学的に有意な差は見られず、現時点で入手できるエビデンスでは、化学療法による悪心・嘔吐への生姜の効果は支持されなかった。

 

イメージ誘導療法・音楽療法・漸進的筋弛緩法(リラクセーション)

 PEP®において、化学療法による悪心・嘔吐に有効性が認められる可能性のある介入(likely to be effective)として記載のあるイメージ誘導療法・音楽療法・漸進的筋弛緩法(リラクセーション)については、SRは見られなかった。

 

がん看護におけるシステマティックレビューの有用性

 本稿で紹介したSRの結果から、一つの研究結果だけでは、必ずしも実践に反映できるエビデンスとして評価することはできないと感じていただけたのではないだろうか。しかしながら、看護研究では大規模なRCTを行うことは容易ではない。それは単に方法論的な難しさやマンパワーの問題だけでない。例えばがん看護では、開発されて間もない、つまりその新薬のまれな副作用を体験している患者に対する介入や、副作用の出現率は低いが生活の質に大きな影響を与えるような副作用に対する介入の評価なども、重要な研究課題である。がん看護において、個々の研究成果を統合しエビデンスとして確立させていくことは極めて重要であると言えよう。SRは臨床で積み重ねられた成果をエビデンスに押し上げる手助けをしてくれる研究手法である。

 

引用文献

1)Eaton, L.H., Tipton, J.M., Irwin, M. (著), 鈴木志津枝, 小松浩子(監訳). がん看護PEPリソース—患者アウトカムを高めるケアのエビデンス. 医学書院, 2013.

2)Morrow, G.R., Roscoe, J.A., Hickok, J.T., Stern, R.M., Pierce, H.I., King, D.B., et al. Initial control of chemotherapy-induced nausea and vomiting in patient quality of life. Oncology, 12(3 Suppl.4), 32-37, 1998.

3)前掲1)

4)Ezzo, J., Richardson, M.A., Vickers, A., Allen, C., Dibble, S., Issell, B.F., et al. Acupuncture-point stimulation for chemotherapy-induced nausea or vomiting. Cochrane Database of Systematic Reviews, CD002285, 2006. DOI: 10.1002/14651858.CD002285.pub2

5)Zhang, M., Liu, X., Li, J., He, L., Tripathy, D. Chinese medicinal herbs to treat the side-effects of chemotherapy in breast cancer patients. Cochrane Database of Systematic Reviews, CD004921, 2007. DOI: 10.1002/14651858.CD004921.pub2

6)Wu, T., Munro, A.J., Guanjian, L., Liu, G.J. Chinese medical herbs for chemotherapy side effects in colorectal cancer patients. Cochrane Database of Systematic Reviews, CD004540, 2005. DOI: 10.1002/14651858.CD004540.pub2

7)Lee, J., Oh, H., Ginger as an antiemetic modality for chemotherapy-Induced nausea and vomiting: A systematic review and meta-analysis. Oncology Nursing Forum, 40(2), 163-70, 2013.

8)Fellowes, D., Barnes, K., Wilkinson, S. Aromatherapy and massage for symptom relief in patients with cancer. Cochrane Database of Systematic Reviews, CD002287, 2004. DOI: 10.1002/14651858.CD002287.pub2

9)Richardson, J., Smith, J.E., McCall, G., Richardson. A., Pilkington, K., Kirsch, I. Hypnosis for nausea and vomiting in cancer chemotherapy: a systematic review of the research evidence. European Journal of Cancer Care. 16(5), 402-12, 2007.

10)Shin, E.S., Lee, S.H., Seo, K.H., Park, Y.H., Nguyen, T.T. Aromatherapy and massage for symptom relief in patients with cancer (Protocol). Cochrane Database of Systematic Reviews, CD009873, 2012. DOI: 10.1002/14651858.CD009873

 

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