まえがき より

かつて看護師として臨床現場で働いていた私は、当時まだ何が“エビデンス”と言えるのかがわからず、先輩に教わった知識や技術こそがきっとそうなのだと信じて実践していました。おそらく本書を手に取った人のなかにも、同様にこの言葉の本質をうまく言い表せられない方がおられるのではないでしょうか。

 

エビデンスとは根拠、つまり科学で検証され裏づけられた事実のことを言います。しかし看護実践においてそれだけでは患者の身体的・精神的・社会的健康に十分な寄与ができるとは限りません。当然ながら個々の合併症などに目を向けつつ、その患者が今まで生きてきたなかで身につけた嗜好や考え方にも配慮しなければなりません。また生まれ育った国や文化的背景など、さまざまな要因を天秤にかけながら、ベストな方法をチームで考える必要があります。研究によって明らかになった事実をただ集めるだけでは、「最高の看護実践」にはつながらないのです。

 

本書は、看護学におけるシステマティックレビューやガイドラインを十分に活用してつくられた世界標準の推奨実践を掲載するだけでなく、その手順をわが国の各分野のスペシャリストが検証し、日本の臨床現場でどのように実践していくべきかを考察しています。ここに書かれている内容を、目の前にいる患者の個別性や、勤務する現場ごとのノウハウを考慮したうえで、適宜修正を加えながら役立ててほしいと思います。

 

なかにはおそらく、「自分たちが今やっていることと変わらない」と思われる事がらも当然あるでしょう。しかし、裏づけとなる“根拠”をしっかり理解したうえで実施するのと、ただやり方だけを伝統・継承的に受け継いで実践するのとでは大きな違いがあります。なぜなら、前者には応用が可能で発展があるからです。科学は日進月歩であり、新たな発見とともに社会も移り変わります。その場・その時代・その患者に最適な方法で実践を行うためには、まずは今現在の“根拠”を理解していなければなりません。そのことによって、現場から「こんな時にはうまくいかないことが多い」「こうしてみてはどうだろう」といった気づきが生まれるのです。そして、この気づきこそが次のエビデンスの卵につながるのだと私は考えています。

 

── 2020年5月 植木 慎悟「まえがき」より

 

 

 

JBIから日本の読者へ

 

JBIはエビデンスに基づく医療を推進・支援するという共通の使命を担う医療従事者、臨床研究者、学術研究者によるグローバルなネットワーク組織です。メンバーは地域ごとの連携センターで活動しており、その協働作業は世界的なインパクトを持っています。

 

本書の内容は、JBIが運営するEBPデータベースの情報を翻訳したものであり、これらは質や内容、臨床での妥当性そして根拠の信頼性において世界で最も優れたオンライン・リソースの一つとして位置づけられています。膨大な数が収められたこのデータベースの中から、本書ではエビデンスに基づく推奨実践を日本の看護師に幅広く提供するため、各分野のスペシャリストたちが特別に選択したものを取り上げています。従来とは異なる新しい手段によってエビデンスを入手することで、批判的思考を刺激し、それぞれの現場での実践とベストプラクティスの実例との比較ができるようになるでしょう。そうして日本のすべての看護師が質の高いケアを行う方法をさらに増やすことが、本書の目的です。

 

基本的な看護実践と利用可能な最善のエビデンスを組み合わせることは、世界中で必要不可欠とされる課題です。臨床家は信頼できるエビデンスを入手し、意思決定や患者ケアにエビデンスを統合するためのサポートを受けなければなりません。そしてこのミッションは、個々人が行うよりも協力によって取り組むことが鍵となります。

 

日本の看護は、質の高いケアを提供することを重視する職業的な性質とその歴史の影響からか、薬物療法や治療法よりもむしろ臨床患者の基本的なケアに実践の根拠を求める傾向があります。そうしたなかでエビデンスに基づく看護を強化していくためには、戦略的なパートナーシップの模索を必要としました。看護に特化した医療エビデンスの重要性を強調するJBIは、この意味で日本の看護師にとって最高の相手です。

 

現在、大阪に2つと千葉に1つあるJBIの連携センター(p.10および「あとがき」を参照)が日本の看護実践におけるエビデンス構築に貢献していますが、乗り越えなければならない壁はたくさんあります。例えば臨床看護師のなかには英語で書かれたエビデンスにたどり着けず、学術的なデータベースにもアクセスできない人がいます。また、海外の研究に基づいて書かれたシステマティックレビューの内容が日本の事情にそぐわない場合もあります。そこで本書は、臨床に特化した専門知識を求める日本の看護師の情熱にフィットした視点を新しく追加し、それらを利用可能な最高の研究エビデンスと組み合わせています。

 

日常的に行われる、ともすると脆弱になりうる中核的な看護ケア──すなわち基本のケア──に果敢に取り組むことは、人員と資源が限られた勤務体制のなかでプレッシャーを感じながら働く看護師が、自分たちにゆだねられた患者のケアの質と尊厳を高めるという点において、地域でも世界でも共通する課題です。

2020年5月

Craig Lockwood

山川 みやえ

 JBI:推奨すべき看護実践 海外エビデンスを臨床で活用する まえがき より

まえがき/JBIから日本の読者へ より

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目 次

エビデンス・サマリ(本書未収録情報)