case A大脳皮質基底核変性症

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発 症

診 断

診断後のサポート

短期入院

在宅ケア

特養入所

入院(5カ月)

施設での生活

入院〜死去

精神科入院(短期)

精神科入院(10カ月)

● 本人

▪漢字が書きにくい、駅までの道が覚えにい、服が上手く着られないなどの症状。

▪興奮して徐々に怒りっぽさが目立つようになる。

▪会社を解雇される。ハローワークでもうまく書類が書けず仕事が見つからない。

 

● 家族

▪生活が困窮し、妻は生活保護を申請したが、担当のワーカーから「あなたが働いたらいいでしょう」と言われ、社会資源の活用に陰性感情をもつ。

  • ▪お金の管理もすべて妻がするようになり精神的な疲弊が高まる。

    ▪パートで働くようになる。

    ▪親戚付き合いがなく、周りに頼りになる人がいない。

● 本人

▪保健センターの医師からの紹介で認知症疾患医療センターで受診。

▪右頭頂葉、後頭葉に萎縮、左上肢に強い拙劣症、左半側空間無視、視覚失認・失調、認知症機能低下。

▪大脳皮質基底核変性と診断。

▪潰瘍性大腸炎を併発。

 

● 家族

▪妻は疲弊して身体を壊すようになり心療内科に通院。

● 本人

▪妻と2人だけの生活が長く、他者に対し閉鎖的でサポートスタッフとの信頼関係が築きにくかったが徐々に慣れる。

▪妻がそばにいないと落ち着きがなくなる。

▪うまく話せないことの自覚と病識がしっかりとあったので、言語療法や訪問看護は受け入れがよかった。

▪デイサービス(新規開設で利用者が少なかった)は、妻の同行でなんとか導入できた。

▪セルフケアの受け入れは悪く、ヘルパーはかかわらせてもらえなかった。...

  • ▪週に1回の病院のデイケア(若年認知症のグループワーク)はうまく受け入れできていた。

     

    ● 家族

    ▪サポートスタッフが訪問しても休めることはあまりなく、常に一緒にいるようになる。

    ▪サポートスタッフにいろいろ相談することも多いが、信頼関係が築けないこともあり、ケア側への陰性感情を抱えていた可能性もある。

    ▪介護で休むことができなかったので、半日のデイサービスを、数回本人とケアマネと一緒に行った。

    ▪徐々に体調が回復してきたが、デイサービスの送迎やヘルパーなど医療職以外で家に誰かをいれるということへの抵抗感があった。

    ▪本人がヘルパーを受け入れないことによって、私じゃなきゃ介護できない、他の人の介護は受け入れないんだと思うようになった。嬉しいことではあるが、徐々に疲弊もしていった。

    ▪週に1回の病院のデイケア(若年認知症のグループワーク)に同行する際には家族メンバーと話ができていた。

● 本人

▪身障者用賃貸住宅の抽選に当選し転居が必要になった。本人は自分で準備ができると思っており、させてもらえないと興奮したりした。

▪自宅で転倒し他院に救急搬送されたことを機に、もともと身障者用賃貸住宅への引っ越し準備のために予定していた入院を早め、精神科の認知症治療病棟に入院した。

▪入院後、薬物療法と環境調整などにより攻撃性は改善したため、自宅に退院した。

▪デイサービス、ショートステイ、訪問看護を再開した。

● 本人

▪通院で言語療法を受け、若年性認知症グループ(外来作業療法)に通うが、デイサービスは本人の意向で中止。

▪腹痛と粘血便がみられる。

▪訪問看護をキャンセルしがちになる。

 

● 家族

▪本人が夜間不眠のため、疲労がたまる。

● 本人

▪身障者用賃貸住宅の抽選に当選し転居が必要になった。本人は自分で準備ができると思っており、させてもらえないと興奮したりした。

▪自宅で転倒し他院に救急搬送されたことを機に、もともと身障者用賃貸住宅への引っ越し準備のために予定していた入院を早め、精神科の認知症治療病棟に入院した。

▪入院後、薬物療法と環境調整などにより攻撃性は改善したため、自宅に退院した。

▪デイサービス、ショートステイ、訪問看護を再開した。

● 本人

▪在宅生活をしていたが、妻に対する攻撃性や易怒性(怒りっぽい性質)、大声、不眠がみられるようになった。

▪ヘルパーやデイサービスの拒絶が強まり、妻への攻撃性が高まったため入院となった。

▪入院当時はスタッフの手を振り払うなどの抵抗はあったものの、翌日から興奮なく過ごすようになった。面会時の妻への不安や依存的な言動、暴言は変わらなかった。

▪視覚失認、視覚失調があるが歩行は自分でできた。入院中に机をひっくり返す、...

  • 他人にあたる、妻を探して興奮が高まるといったことが頻回にあった。

    ▪視覚失認、視覚失調があるが歩行は自分でできた。入院中に机をひっくり返す、他人にあたる、妻を探して興奮が高まるといったことが頻回にあった。

    ▪入院中に痙攣発作があって以降、入院当初よりは介護への抵抗が軽減しスタッフ1人で対応できることも増えてきた。他人への攻撃や興奮行動も減少し、日中はウトウトすることが増えていった。

    ▪待機中の特養から順番が回ってきたため、施設職員が面談したうえで栄養士も含めた退院前カンファレンスを実施し、入所可能と判断され退院となった。

     

    ● 家族

    ▪妻はほぼ毎日面会にきており、退院後は施設入所を希望した。

    ▪ケアスタッフに対する不信感があったり、頼りたかったりという、いろんな複雑な思いがあった。

● 本人

▪比較的落ち着いて過ごした。

 

● 家族

▪若年認知症のグループワークで知り合った人が先に同じ施設に入所しており、その家族から施設についての説明を受けていたため大きな期待感があった。

▪妻は入所に関する不安や心配を手紙にして施設に伝えた。

▪入所後は夜間の体制など、思っていた状況と違うこともあり不信感が募っていった。

● 本人

▪施設入所1カ月後に肺炎を併発し、拒食と興奮が顕著となったため再入院。

▪入院時の採血で血糖が400台/HbA1c 8.8。一時インスリン注射をしていたが、入院1カ月後の採血では空腹時血糖100台/HbA1c 7.9と低下したため内服に切り替えた。

▪精神症状が激しいため糖尿病合併症の精密検査は困難な状況。腹部エコー検査では膵腫瘍などを疑う所見は認められなかった。肺炎が軽快し食事が開始になったが、食事摂取量が安定しないため...

  •  経口摂取のみでは脱水傾向になることや、食事に時間がかかり無理に水分を促すことで精神症状が悪化する傾向があった。

    ▪胃瘻を造設した。

    ▪経口からの食事と胃瘻からの注入を併用し、元の特養施設に戻った。

     

    ● 家族

    ▪自分でしないといけないという思いが、病院に来てからも強かった。

    ▪妻は本人に口から食べてもらいたいという気持ちが最後まで強かった。

    ▪妻は胃瘻造設の選択を自分で決められなかった。一度決めたと思っても次の日に思い直し、医療者に答えを出してほしかった。

    ▪医療スタッフ以外にまったく相談する身内がおらず、さまざまな人に聞いて回った。

    ▪主治医から本人の状況について説明を受け、家族と主治医、内科医、精神保健福祉士、看護師によるカンファレンスを実施。胃瘻を造設することを決断した。

● 本人

▪施設では食欲も良好で、むせ込みや熱発はない様子だった。水分は経口以外にも注入で補っていた。

▪眼球上転や意識レベル低下などの症状があったため低血糖を疑い、施設内で定期的に血糖測定を始めた。自覚症状の訴えは特にないが、BS値は朝に低くなる傾向があったため食事のカロリーアップや就寝前の注入を提案した。しかし施設では夜間看護師が不在のため就寝前の注入はできないとの返事があり、経口からゼリーを勧めた。...

  • ▪排便は2日に1〜2回程度、更衣の促しが本人には理解ができず援助に困難があった。

     

    ● 家族

    ▪妻の体調は、午睡を取り入れることでまずまず安定していたが「今後どうなっていくかが不安」と話していた。

    ▪心療内科で受診していた。

● 本人

▪熱発があり抗生剤を使用しているが、痰が多いため専門病院の精神科地域医療連携室に連絡があり救急受診した。

▪入院2か月を経過した頃より意識レベルや全身状態が悪化。炎症反応の上昇がみられ、検査の結果誤嚥と尿路感染が疑われた。喀痰と尿よりMRSAと緑膿菌が検出され、抗生剤治療実施。経過良好だったが、胃瘻からの注入を再開したところ炎症反応が上昇し肺炎が再発した。

▪最期は呼名にてわずかに口を動かす程度。...

  •  血圧108/65、SpO2 99%、WBC 14700、RBC 294万、Hb 8.2、PLT 9.6、CRP 17.62、AST 630、ALT 541、ALP 2455、ɤGPT 32、総ビリルビン 0.76、BUN 26.4、両側肺炎、胸水、心肥大、心不全、肝機能障害、多臓器不全状態となった。

     

    ● 家族

    ▪妻は普通の食事を希望していた。

    ▪妻は施設に対してあまりよい印象を持っておらず自宅に連れて帰りたい気持ちがあるが、調整食の用意が困難なため悩んでいる様子であった。

    ▪本人が衰弱していくことに対する不安と焦燥感があった。

医療とサービス

生活保護申請

若年性認知症グループ(外来作業療法)/訪問看護/自立支援医療(精神通院医療)申請

訪問看護/デイサービス/通院言語療法

身体障害者用賃貸住宅入居/精神障害者保健福祉手帳申請/訪問看護、デイサービス、ショートステイ再開

退院前カンファレンス(医師、看護師、精神保健福祉士、施設長、施設相談員、施設看護師)

退院前カンファレンス(医師、看護師、精神保健福祉士、栄養士、施設長、施設相談員、施設介護士、施設栄養)

外来看護

かかわる職種

  • ケアマネジャー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪今回保健センターの医師が認知症疾患医療センターに紹介した。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫対象者とコンタクトが取れれば、ケアマネの支援や手配などはでき、一緒に専門医受診したりができたりできる。

    ▫制度についても包括の相談員が説明できる。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 保健師

    ▪保健センター受診しているが、そこでのかかわり方は不明。

    ▫生活保護を申請した際に認知症の疑いのあることを察知して、市役所内で連携できればよい。また保健センターに受診しているため、そこから地域包括などのしかるべき部署につないでおいたりしてかかわっておくと専門医受診後もスムーズ。

    ▫想定外の現実に困惑している本人や家族の気持ちを受け止めながら、受診や生活保護のワーカーにつなげるといった支援が必要。

  • 生活保護ワーカー

    ▪妻に働いたらよいということを助言した。

    ▫その助言自体は職務として必要ではあるが、介護が生活困窮からスタートしているため、介護しているという背景をもう少し読み取ってくれて、しかるべきところ(地域包括支援センターなど)につないでいればまた違う展開もあるのではないか。

  • 家族介護経験者のコメント

    ▫生活保護ワーカーの対応はちょっとよくないですね。妻はこれまできちんと働いたことがなかったので、そういう人に対して病気のこともあり、家のこともあり、すべてをしないといけなかったのに、また新たな働くということを課するのはかなり負担が大きかったでしょう。この夫婦には頼る親戚もいなかったので、妻への負担を察するべきでした。

    ▫家族会などで精神的サポートや働くことについても相談できる人がいればよかったでしょう。

  • ケアマネジャー

    ▪診断後に専門医療機関からのサポート体制構築の連絡を受け、リハビリの必要性など専門医療機関からの助言を受けながら進めた。

     

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪診断後に専門医療機関からのサポート体制構築の連絡を受け、ケアマネと協働した。

     

  • リハビリテーション

    ◯言語療法/作業療法(若年認知症のグループワーク)

    ▪診断後に専門医療機関からの依頼を受けた。

     

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫診断後に専門医療機関からのサポート体制構築の連絡を受ける。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪診断して、その後のサポート体制をとるために関係者と連携をとった。

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪診断後に専門医、外来看護師と協働でサポート体制を作るように関係機関を巻き込んだ。

    ▪本人と家族に必要な社会制度を紹介した。

    ▪この場合、障害年金、難病、生活保護で経済的なサポートはできていた。障害年金の前は傷病手当をもらっていたのでやりくりはできていた。

     

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫診断後に専門医やPSWと連携して生活支援についてのアドバイスをする。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

     

  • ケアマネジャー

    ▪これまでの生活状況から本人が妻以外は受け入れたくないとのことであり、密に面会を重ね少しずつ信頼関係を築いていくことから始めた(訪問看護の際に同行して本人に慣れてもらうなど)。

    ▪体調の悪い妻が休めるようにデイサービスを提案し、本人・妻とデイサービスに同行して慣れるようにした。

    ▪ヘルパーを提案するがなかなかうまくいかなかった。

    ▫妻に対しケアマネジャーとしてどこまで共感ができるか。しんどい思いをいかに軽くするかはいつも考えることだが、本人と妻との関係性も影響するため深く介入できないことも多い。頼りになる身内がおらず、妻は一層「自分しかいない」と思うようになっている。そこに寄り添うのは本当に難しい。こうした時、ケアマネジャー自身の心も乱れがちになってしまう。

    ▫妻が若いほど、ケアチームに巻き込むことが難しく「ヘルパーさんじゃなくて私がします」というケースは多い。

    ▫連携して妻をケアチームに入れていくことも必要。妻だけ事務所に来てもらい、関係者らで話をし、訪問看護師が中心となりつつ妻への助言を役割分担していくこともできる。

    ▫夫婦の思い出をたどるなど、病気に至るまでのことも聴けるとよい。

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫妻と一緒に何かを行いながら、セルフケアサポートにチャレンジしてみる。

    ▫ケアマネジャーや訪問看護師に同行してサービスに入ることができる。

    ▫妻が「自分でなければ駄目」と思う気持ちなどについて深く考えずに「倒れたら元も子もない」という意識を前面に出してしまいがち。介護者がいるからこそ在宅ケアができるのは大前提だが、介護者の気持ちに共感できなければそこに入っていくことはできない。

    ▫ケアマネジャーらと連携して妻をケアチームに入れていくことが必要。

    ▫妻だけ事務所に来てもらい、関係者を含めて話をし、今後の見通しも含め妻への助言を訪問看護師が中心となり、役割分担をしていく。

    ▫夫婦の思い出をたどるなど、病気に至るまでのことも聴けるとよい。

    ▫ヘルパーが日常的に入れる場合、実際の様子や本人と家族の変化をチームで共有できるように発信していく必要がある。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪手厚く受け入れるが、徐々に本人の変化や拒否が強くなっていった。

    ▫ケアマネジャーとも連携するが、実際の様子の変化についてチームで共有できるような手段があるとよい。

  • 訪問看護師

    ▪週に1回自宅を訪問し、学習療法のような計算や字を書いたりなど、一緒に話を聞きながら進めたことは受け入れがよかった。もともと知的レベルの高く学習の働きかけは向いていた。

    ▪訪問看護中は妻の休息や自由な時間になるようにと思ったが、本人が徐々に妻がいないと不安がるようになっていった(拒否はされなかったが...)。

    ▫妻の気持ちを本人抜きの場で聞く場を持てるようにしたい。

    ▫多職種で連携し、妻をケアチームに入れていく必要がある。妻だけ事務所に来てもらい、関係者を含めて話をし、今後の見通しも含め妻への助言を訪問看護師を中心にしながら役割分担をしていく。

    ▫夫婦の思い出をたどるなど、病気に至るまでのことも聴けるとよい。

  • リハビリテーション

    ◯通院:言語療法

    ▪通院で週1回、言語療法を実施。基本的には本人と妻が一緒に来院していたが、終わり頃にはケアマネジャーやヘルパーが一緒に来ることもあった。妻は訓練中に買い物などに行き、訓練終了時間頃に戻り、本人と一緒に雑談などをして帰っていった。ポリペクトミーとデイサービス中止の話は妻から聞いた。妻は他者から軽んじられた話をする際に涙ぐむことがあった。

    ▪本人のプライドを傷つけないよう、できないことが増えている中でも、少しでもできているところを伝えてフォローしていた。妻との会話の中で何かしらの「訳あり」に察しがついていたが、通院リハビリの立場でどこまで踏み込んでいいのかわからず、追いつめられていたことも把握できないまま過ごしてしまった。まったく情報共有ができていなかった。

    ◯通所:作業療法

    ▪若年性認知症デイケアには週に1回通所。来るのを渋ることもあるが、来れば活動に参加し会話も弾んでいた。

    ▫▫【言語療法】そのあたりの情報共有がタイムリーにできたらまた違っていたのかもしれない。(発信がなければ気付きにくい。専門家が入ってくれていることで安心している部分もある)

    ▫「訳あり」の部分をもう少し尋ねてもよかったのかも知れない。

    ◯作業療法

    ▫最初は受け入れがよく、徐々に悪くなっていったが、本人の症状の進行と周りの環境への不適応が生じている。サービスに関わる者や妻の気持ちも影響しているかもしれない。本人がこれまで行ってきた生活の行為の低下を介護者と専門家がきちんと分析し、生活の場で解決方法を見出していく必要がある。それにはさまざまな専門家がアセスメントすることのメリットを家族介護者にプレゼンテーションすることが重要である。専門職はそうしたメリットのイメージを利用者と共有できていないことが多く、それが「自分でないと駄目」と家族に思わせてしまう一因でもある。

    ▫今は受け入れられなくても後で生きてくることもある。家族自身のタイミングで情報を生かしてもらうためには事前に情報提供をしておくことが重要。また、正しい情報でも一方的に押しつけると拒否につながる。生活課題を共有し必ず選択肢を設け、家族の納得を得ながら選択してもらう。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

     

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪病気の特徴を考慮し、言語療法と訪問看護を入れることから始めた。

    ▪進行も早く、妻が本人の変化についていけていなかった。またこれまでの生活とは役割が変わってしまった(従来は夫がほとんど管理していた)ため、妻への負担が大きかった。

    ▫診察時などに話を聴くことはできているため、必要時にケアマネジャーを中心にケアチームと連携する。

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪週1回、病院のデイケア(若年性認知症のグループワーク)で話を聴き必要時にアドバイスした。

    ▪必要時にケアマネジャーを中心にケアチームと連携する。

     

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫病院のデイケア(週1回、若年認知症のグループワーク)で話を聴くことができるのでアドバイスをする。

    ▫必要時にケアマネジャーを中心にケアチームと連携する。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫受診→診断→サポート体制を速やかにつくるのは大事だが、本人や家族の「受け止め」があってこそ功を成す。一歩間違えれば「大きなお世話」になりかねないため、本人と家族の不安や困惑を受け止めながら生活目線でサービスが入ることで「何がどうよくなるのか」が見えるようにサポートする。

    ▫病気の特性や介護環境を勘案するとケアマネージャーをサポートする人が必要。また体制を組立てる際には、妻の兄弟や友人などのインフォーマルなサポートや、心の支えとなる趣味や宗教などにていねいに配慮する必要がある。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

    ▫妻は本人がいる前では話せないため、簡単なメモで「今日こういうことがありました」と、デイサービスのスタッフやケアマネジャーが来た時に渡すといいでしょう。

    ▫家族は「自分がしなければ」と思いがちですが、そこをうまく説得しなければなりません。それではうまく回っていかないことをやんわり忠告してあげるのも一つの方法です。その際には間違っても「あなただけでは無理です。倒れますよ」などと言わないでください。「あなたの手は必要です。だけど私たちも介入させてください。一緒に介護していきましょう」と妻の貢献を認め讃えることが重要です。

    ▫初めは抵抗されるかもしれませんが、日にちが経つに連れどうしても助けが必要だということはわかってくるでしょう。

    ▫任せることができても、家族は自分の役割がとられたように思います。その気持ちを汲んであげましょう。

    ▫出来事をみんなで共有できるノート(仰々しい連携ノートなどではなく小さなもの)をつくるのもいいでしょう。

  • ケアマネジャー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪認知症疾患医療センターの専門医に紹介した。

     

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪かかりつけ医からの依頼で大腸ポリープの入院受け入れる。

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪本人の状態を考慮しつつ、妻の気持ちも聴きながら治療パス通りに実施する。

    ▪錐体外路症状に対しマドパー、精神症状に対しセロクエルの処方あり。

     

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫難病特定疾患の保健指導業務は保健所保健師の役割であることから、かかわりを求めてもよいケースである。

    ▫目まぐるしく変容していく経過に本人も家族も翻弄されてしまう。そうした状況を受け止めながら「大事にしている暮らし」が失われないようにする代弁者が必要であり、介護保険制度に縛られることなく地域で自由に動ける保健師がその役割を担うべきである。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

     

  • ケアマネジャー

    ▪妻や本人への熱心な説明により、在宅介護、通院送迎、デイサービス、ショートステイの体制をとることができた。

    ▪本人に冬から春にかけて時おり粘液便と腹痛があり受診を勧めていた。

     

  • ヘルパー

    ▪ケアマネジャーの手配により、在宅介護と通院送迎でかかわることになった。

     

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪本人の意向で中止した。

     

  • 訪問看護師

    ▪「しんどいから」という理由で徐々に訪問看護のキャンセル連絡が相次ぐようになり、本人に電話を取り次いでもらえずにいた。

    ▪妻が訪問看護ステーションに「本人がしんどいと言っている」と報告に来た時のみ訪問していた。

     

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪認知症疾患医療センターへの定期的な受診の際に、消化器科で潰瘍性大腸炎と診断された。

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪自立支援医療(精神通院医療)を申請。

     

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫妻への攻撃は相手に心を許し頼っている証である。BPSDが出現するそうした心理的要因を妻に学んでもらう必要がある。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

  • ケアマネジャー

    ▪精神科の認知症治療病棟からの退院に合わせて、在宅ケア継続に必要なサービスを調整。認知症治療病棟の精神保健福祉士と連携をとった。

    ▪退院後デイサービス、ショートステイ、訪問看護を再開した。

     

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫潰瘍性大腸炎の影響や易怒性が高まっていた経過などを考慮してかかわっていく必要がある。

    ▫腹部症状などへの対応や食事についても訪問看護師などから助言を受けてフォローする必要がある。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪サービスの利用を再開した。

    ▫潰瘍性大腸炎の影響や易怒性が高まっていた経過などを考慮してかかわっていく。

  • 訪問看護師

    ▪潰瘍性大腸炎の影響や易怒性が高まっていた経過などを考慮してかかわった。

    ▪腹部症状などへの対応や食事についてもフォローした。

     

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪精神障害者保健福祉手帳を申請した。

    ▪ケアマネジャーと連携して退院後の生活支援を整えた。

    ▫本人の不安な気持ちをよく聴き、少しでも安心して療養してもらえるような言葉がけが必要である。

    ▫妻の気持ちをよく聴き、ねぎらいの言葉をかける必要がある。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫難病と認知症の両方に対するフォローが必要なため、より専門的にかかわる必要がある。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪入院理由となった攻撃性の改善のため、薬物療法や環境調整などを実施した。

    ▪攻撃性があるため身だしなみに深く介入できず、妻から衣類の汚れや髭が伸びていることをよく指摘されていた。

    ▪退院後の生活をスムーズにするために妻やケアマネジャーと連携した。

    ▫攻撃性を考慮しつつも、家族を不安にさせないよう、身だしなみなど目に見えるケアはチームで協働することで徹底すべき。

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫できると思っていることができない状況は、自己像が揺らいで一番苦しい時であることを理解しながらかかわる必要がある。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

     

  • ケアマネジャー

    ▪退院後についてのフォローをしつつ、施設入所が決まったため特別養護老人ホームのケアマネジャーに担当を引き継いだ。

     

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫嚥下機能についての評価、退院先の施設のスタッフや妻への助言などを試みるべき。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪退院時に病院で行われた合同カンファレンス(メンバー:ケアマネジャー、介護士、栄養士、施設長)に参加し、病院での生活内容を施設でも継続できるようにした。

    ▫施設について妻が事前に質問しているのだから、生活のようすや起こりうることなどを入所前にきっちりと話しておく必要がある。

  • 認知症専門医

    ▪環境の変化ではなく、病状の進行に伴う一時的な落ち着きにより、攻撃性が減少したと考えられた。

    ▪妻がいなくても、薬剤治療の統制による効果がある程度みられた。

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪施設入所を希望したため、受け入れ施設を探した。

    ▫妻は不特定の顔見知りのスタッフを見かけるといつも現在の不安やしんどさを訴えていた。そうした気持ちを受け止めながら今後の生活をどうしていくのか、妻が自ら考え決断するためのサポートが必要。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪本人に苦痛のないケア介入を考えるために、カンファレンスや事例検討会を実施。面会時に時間をかけて妻の不安を傾聴した。主治医との面談を定期的に設定し、説明された現在の症状を理解できているか確認した。

     

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪退院後の施設でもスムーズに生活できるように退院後にかかわるスタッフも交えた合同カンファレンスを実施した。たとえば食事介助なら夕食に入れるメニューなどの工夫を検討。事前の情報がたくさん入ってきたのはありがたかった。

     

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

    ▫家族にとって自分が見ていない時に行われたケアへの不信感は誰にも愚痴らず、ノートに不満を書いたりするほうがよいでしょう。ただし実際に自分で見たことへの不満は、担当するスタッフ本人に直接指摘しましょう。

    ▫本人を預かってもらっているのだから多少文句があっても言わないでおくという家族がよくいますが、お金を払ってケアを提供してもらうのですから、相手にプロとしての仕事を求めることが大事です。ただし、しっかり見てもいないのに曖昧な認識で文句を言うべきではありません。やるべきことがなされていないとはっきりしている場合にだけ直接指摘することで、ケアの質が向上します。

  • ケアマネジャー

    ▪施設のケアマネと相談員は病院などから引き継いだ情報を基に関わりをスムーズにした。

     ▫

     

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪事前に病院からたくさん情報をもらったので、安心してしまったところがあった。

    ▪病状の進行がとても早く、また認知症以外の体調変化が生じたときに病院とは医療面での対応が異なることが理由となり、家族から満足感を得られず、そのフォローも十分にできなかった。

    ▪せっかくの前情報を体制として生かしきれなかった。

    ▫妻の気持ちに対し、十分な理解と共感を示したうえでの入所ではなかったかもしれない。

    ▫妻の満足感と信頼感を築くのは難しいが、より気持ちを共感できるようにすべき。

  • 認知症専門医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

     

  • ケアマネジャー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪内科主治医とも相談した結果、胃瘻が一番よい選択肢であると判断した。

    ▪これまで誰かが主導して決めてしまうと、なかなかうまくいかなかった。

    ▪大事な決断なので、材料をできるだけたくさん提示し妻自身がしっかり考えて決めてもらえるように考えた。そのため、胃ろうをつくったほうがいいかわるいか、こちらとして意見を言うことは一切しなかった。つくるとどういうメリットとデメリットがあるか、つくらない場合はどうか、食事が摂れなかったら寿命がこのくらいかもしれないということも伝えた。

    ▪胃瘻をつくった後も経過がすごく早かったが、医療側からは「つくらなかったほうがよかったですよ」とは一度も言わず、妻の決断を尊重した。

    ▫

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪胃瘻の説明については主治医と連携を取りながらチームの姿勢を一貫した。

    ▪妻ができることをスタッフ間で考えて「おむつ交換を一緒にしましょうか」「一緒に着替えしましょうか」といった形でかかわった。

    ▪退院後に生活する施設のスタッフにも説明をし準備を整えた。

    ▪本人はたいへんな美食家で、以前はおいしいものをたくさん食べていたが、量が摂れなくなり栄養が確保できず、かつ腸の病気があったため、食べたいものをたくさん食べてもらうことができない状況だった。

    ▪内科主治医と情報交換をしながら、制限範囲内でも本人が好む食べ物を探し、病院食以外の食材は妻に購入を依頼して、提供できるようにした。

     

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫胃瘻を造設するかしないか、どちらを選んでも家族の気持ちはずっと揺れ続ける。「それは当前であり、あなたが本人のことを大切に思っている証だ」という支持的な姿勢での支援が必要である。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

    ▫妻だけに判断させるのはたいへんな負担があります。疎遠さの加減にもよるが、本人のきょうだいにもこういう話があることを伝えたほうがよいでしょう。

  • ケアマネジャー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ▪この時点での介入はなかった。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 認知症専門医

    ▪随時、施設に出向いたりするなど相談には乗っていた。

     ▫

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪易刺激性(些細なことで不機嫌になりやすい)のため長時間滞在することが困難であり、外来診察の待合時間を利用して看護外来を行っていた。

    ▪相談員から普段の様子を聞き、生活上の工夫などを助言していた。施設の相談員も同席していたため妻の気持ちを深く知る機会がなかったが、相談員とはよい関係を保てている様子であったため安心して任せていた。

    ▪看護外来で妻の不安を聴いた。

    ▫相談員を外して妻の不安を聴き取り、具体的に解決できることを提示するなど妻と1対1で話すような時間も必要。

    ▫精神科主治医・内科主治医を含めた多職種連携会議を開催し、情報共有の場をつくって方向性を確認できる機会をつくる。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

     

  • ケアマネジャー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • ヘルパー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • デイサービス/ショートステイ

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 訪問看護師

    ▪この時点での介入はなかった。

  • リハビリテーション

    ○言語療法

    ▪嚥下訓練を実施した(軟菜食ペースト)。抑制がききにくく咽頭残留があり誤嚥のリスクは高かった。軟菜刻み食ではわずかに咀嚼する動作が見られたがほぼ丸飲みに近く、努力性の嚥下であった。全く食べられないわけではないが二度目の入院介入時の誤嚥リスクは以前よりさらに高くなっていた。

    ▪通過の難しいものとの交互嚥下の必要性もあり、全粥を勧めた(嚥下機能的には何らかの調整が必要であり、精神状態によって容易にむせこんだり、誤嚥をする可能性があった)。

    ▫胃瘻造設となった経過がわからない中での介入だった。言語訓練終了後、精神状態が悪化してく状況で何かできたのかを考えるのは難しいが、病気の性質上、嚥下障害が起こることは予測できていた。消化器疾患もあり難しい面もあったであろうが、入院に至るまでに嚥下機能についての評価、施設スタッフや妻への助言などもできたかもしれない。

  • かかりつけ医

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 地域包括支援センター

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 施設スタッフ

    ▪施設職員が定期的にお見舞いに来ていた。

    ▪最期は施設職員の面会があり、死後の処置を一緒に行った。

    ▫

     

  • 認知症専門医

    ▪妻より、最近呼びかけに返答があっても自分のことを認識してくれないと訴えあり内科、精神科主治医より妻にICをした。ICの内容:最近、全身状態増悪、栄養不良(状態を改善試みるが、点滴も注入もカロリーを上げると肝機能障害の増悪あり)基底核変性症が進行し、意識レベルも悪く、近日中に急変することも考えられる。急変時には挿管や呼吸器などはしないことを確認した。

    ▫

     

  • 精神保健福祉士(認知症疾患医療センター)

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 外来看護師(認知症疾患医療センター)

    ▪何度か面会に行ったが、症状の変化に妻が一喜一憂している気持ちを見守るだけしかできなかった。

    ▫妻の性格や理解の度合いを考慮し、変化する症状に対する不安を表出できるよう入院スタッフに情報提供していく必要がある。

  • 入院スタッフ(認知症治療病棟)

    ▪本人夫婦と関係ができている潰瘍性大腸炎の主治医である内科医師が肺炎治療を担当した。

    ▪終末期に関するインフォームドコンセントの内容をサポートできるようにかかわった。

    

  • 保健師

    ▪この時点での介入はなかった。

    ▫グリーフケアが必要である。

  • 生活保護ワーカー

    ▪この時点での介入はなかった。

  • 家族介護経験者のコメント

    ▫自宅に帰りたかったのですが、本人と妻の状態から考えるとそれが無理であることを、家族会のメンバーなど同じ立場の人たちの協力を得て、きちんとわかってもらえるように配慮するとよいでしょう。しかしこのケースの場合は、やはり最初の段階で妻のさまざまな負担を理解する存在が必要だったと思います。

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