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多職種でコロナの危機と向き合う 自治医科大学附属さいたま医療センターからの報告。 ── 特設サイト ──

Nursing Today ブックレット・07

『多職種でコロナの危機と向き合う』

編者:梶原絢子(自治医科大学附属さいたま医療センター急性・重症患者看護専門看護師)

 

A5判/64頁/定価(本体900円+税)ISBN 978-4-8180-2283-6

 

◉本書の概要

 世界中の人々に歴史的な災禍をもたらしている新型コロナウイルス感染症。治療やケアのエビデンスがない中、患者を受け入れた病院はいかにしてこの危機を乗り越えてきたのか。行政や地域・医療施設との連携に加え、院内で重症度別に適切な対応が求められる臨床現場は、国の政策と患者の動向を注意深くとらえ、事態のフェーズを見極めながらそれぞれに最善を尽くしてきた。

 こうした状況を日常的に支えるのは、組織の基盤となる多職種・多部門の連携力、各々の医療従事者の価値・信念、そして情報リテラシーやレジリエンスなどである。本書はそれらに注目しながら、現場で見いだされた新たな知見を紹介しつつ、未曾有の事態でこそ忘れてはならない医療・看護の本質に言及する。 >>ご購入はこちら

このサイトでは、本書の各項目の関連情報や掲載しきれなかった内容を

ご紹介しています。詳細については本書をご参照ください。

用 語 解 説 (本書p.47〜52)

※1 倫理的ジレンマ1)(本書p.47)

望ましいと思われる行動が別の観点からは望ましくない行動になってしまう状況、良いと思われる方を選ぶと悪いことも起こってしまうような状況を表す。災害医療における倫理的ジレンマは、たとえば、より救命の可能性の高い患者に医療資源を使用するため、不可逆的に生存不可能となった患者の生命維持治療を中止する場合などがある。

 

※2 倫理的な一貫性 (本書p.47)

同様な事例については、同様な判断を下さなければならないということ。よく似た事例について異なる判断を行う場合には、道徳的に重要な違いを指摘できなければならない。

 

※3 倫理的な透明性 (本書p.48)

判断や決定の根拠などの情報が公開されていること。

 

※4 功利主義2)(本書p.48)

社会全体の幸福を最大化する制度こそが正義に適うものとする考え方。災害時の医療資源の分配と親和性の高い理論である。しかし、功利主義の考え方では、個々人の権利を平等に保障することよりも社会全体の幸福の方が重視されるため、一部の人の権利が犠牲にされかねないという批判がある。

 

※5 Advance Care Planning:ACP (本書p.49)

終末期の過ごし方について計画しておく。家族らと話し合って決めることが多い。

 

※6 Advance Directive(事前指示書)(本書p.49)

代理人指示:代理意思決定者の指示。内容的指示:病状悪化などで自身の意思が伝えられなくなったときに、どのような治療・ケアを望むか示しておく。事前指示書のとおりにできるかどうかは患者の状態にもよるため、事前指示書を参考に医療者と代理意思決定者で方針決定する。

 

※7 Physician Order for Life-Sustaining
    Treatment:POLST
(本書p.49)

医療者とともに作成する生命維持治療に関わる意思表示。4つのパートからなる(心肺蘇生、医学的処置、抗生剤、人工栄養)

 

 

※8 患者・家族ら (本書p.47)

患者と親しい間柄の人々として、家族が代表的だが、家族をどの範囲の親等まで含めるのだろうか。親しい友人は考慮しなくてよいのか。同性愛者など法的には家族と認められていなくとも、家族同様の関係のものもいるなど、患者と家族に限定しない表現が取られるようになってきている。例)“patients, their close family members and lovers”

 

※9 モラルディストレス (本書p.50)

看護師が体験する不快な感情や思いとして、 Jametonにより定義された3)。看護師が実施すべきだと考える看護ケアが、制度や組織の制約、患者の置かれている状況によって行えないことから生じる苦悩や心理的な不安定さとされた。さらに解釈は広がり、医療者が感じる倫理的な苦悩や葛藤を指すようになってきている。

 

◉参考文献

  1. 今長谷尚史:クリティカルケアにおける倫理的ジレンマ Part 1 倫理的ジレンマの考え方─臨床における倫理的ジレンマとその解決のプロセスについて. 看護技術 65(3), p.222-226.
  2. 酒井明夫・中里巧・藤尾均他編:新刊増補 生命倫理事典, 太陽出版, 2010, p.318-319.
  3. Jameton, A. : Nursing practice: The ethical issues. Englewood Cliffes, New Jersey, Prentice Hall,1984.

一覧表「医療資源分配の倫理的ジレンマとその対応」(本書p.49)

追記(コラム)

人工呼吸器・ECMO装置を増やすことや

ICUベッド増床は有効か? (本書p.49)

 

重症患者の増加に伴い、人工呼吸器やECMOが不足する事態が想定される。しかしながら、これらのデバイスの稼働には極めて人的資源を要するため、デバイスが不足したからといって、例えば院外より納入し稼働数を増やしたとしても、ケアが分散してしまう。すでに導入されている患者やそれ以外の患者に不利益が生じる恐れがある。全体的な医療ケアの結果へ悪い影響が生じないか、検討が必要な場合がある。

 

集中治療を要する患者や長引く治療に伴い、ICUベッドが満床となることも危惧される。この場合、予定手術等のCOVID-19以外で集中治療を要する患者を含めてICUベッドの選択的配分を考慮することとなる。疾患によって集中治療を受ける権利に優先順位を定め、定期手術等を延期・中止することは、少なくともその病院全体において得られる功利性と、これらの患者に対しての無危害原則との比較考量となる。その際には、社会の中でその病院に求められる機能を考慮に入れる必要性もあるだろう。

 

しかしながら、感染患者と非感染のその他の急性傷病の患者を区別しないという平等性の原則を考慮すると、COVID-19感染のみを理由に、患者の扱いの軽重を変更することは推奨されない。

 

また、不足したICUベッドを増加させる策をとる事例が報告されているが、人工呼吸器・ECMOを増やすことと同様に人的資源の面で適切なケアが保証されるとは限らず、すでに入院中の患者のケアが悪化する危険性についても考慮する必要がある。

 

 

医療者の診療拒否 (本書p.50)

一部の医療者が、感染リスクを恐れてCOVID-19の診療に従事することを拒絶することがあった。個人防護具(personal protective equipment: PPE)が用意できない状況になったような場合には、感染者の診療に当たる医療者は感染リスクが高い状況に置かれることになる。そのような場合、医療者が自らの身の安全を考えて、診療に従事することを拒否することもあるだろう。このような場合、医療者には診療の義務があるかの倫理的問題が生じる。この問題は、医療者の保護とも関連する。

 

医療従事者は、善行の義務からある程度のリスクを負って、患者および公共の利益のために従事する職業倫理的義務があると考えられる。つまり、感染予防対策をとっているにもかかわらず、感染リスクを理由に診療拒否することは職業倫理に反すると考えられる。しかしながら、個人の自由意志を重んじ、診療を拒絶する医療者を配置転換することを推奨するガイドラインも存在している1)。対して、資源が不足し十分な感染防御対策が不可能な状況で感染者の治療に従事しなければならない場合、善行の義務の制限(行為者のリスク・犠牲が大きい場合は免除される)の観点から、従事することを拒絶することは職業倫理に反しないと考えられる2, 3)

 

◉引用・参考文献

  1. Biddison, L.D.,  Berkowitz, K.A., Courtney, B., et al. : Ethical Considerations. Care of the Critically Ill and Injured During Pandemics and Disasters: CHEST Consensus Statement. CHEST, 146:e145s-155s, 2014.
  2. British Medical Association : COVID-19: ethical-issues. Guidance for doctors on ethical issues likely to arise when providing care and treatment during the COVID-19 outbreak. (https://www.bma.org.uk/advice-and-support/covid-19/ethics/covid-19-ethical-issues)
  3. Akabayashi, A., Takimoto, Y., Hayashi, H. : Physician obligation to provide care during disasters: should physicians have been required to go to Fukushima? J Med Ethics, 38, 697-698, 2012.
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