編集部特別リポート

公開:2018.10.15

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学術集会長の松浦正子氏

学術集会長講演

病院組織における多様性のマネジメント

座 長:小池 智子(慶應義塾大学 看護医療学部/大学院 健康マネジメント研究科)

演 者:松浦 正子(神戸大学医学部附属病院 看護部)

 松浦氏は標記テーマについて、自身の看護管理実践と研究活動をもとに、以下の3つの観点から論を進めた。

 

1. コンフリクト(衝突)のマネジメント

 コンフリクトはネガティブなものとして見なされがちだが、松浦氏はセカンドレベル研修で、その概念が歴史的に変遷しており、1970年代の後半には“コンフリクトがなければ組織は発展しない”とまでポジティブにとらえられていることを学んだ。そのメリットは「相手の理解を深める」「自分の考えを明確にする」「問題解決につながる」ことだと言う。

 これを契機に、コンフリクトにうまく対処し、問題解決を図っている看護管理者の「対処のワザ」を明らかにするための研究を行い、「留保」「装う」「利用」「説得」という看護管理者に特有の対処行動を抽出した1-3)

 

2. 多様な働き方のマネジメント

 2つ目の観点では、子育て支援や短時間勤務制度の概要を示しつつ論を展開。松浦氏は、自身も子育てをしながら仕事と両立してきた経験をもつが、妊娠・出産・育児はキャリアダウンやブランクではなく、ブラッシュアップだと考えている。副看護部長時代には法人全体の組織として、その名も「ブラッシュアップセンター」を設置。産休・育休に伴うさまざまな相談を受け、キャリアコンサルテーションを提供する。加えてWebサイト教育プログラム「ブラッシュアップパーク」を開発し、センターと併せて運用し、職員の休業中のモチベーション維持と円滑な現場復帰に成果を上げてきた4,5)

 

3. 多様な人材マネジメント

 3つ目の観点では、ジェネラリストの「教育指導者」育成を中心に自院の取り組みを紹介。同院では、2010年より教育の標準化と質の向上、さらに提供する看護の質向上を目的に、教育指導者養成のための「キャリアシステム・神戸REED(Reflective Educative Development)」を導入した。講演時現在、累計197名がプログラムを修了し、各部署に2名程度配置され、「教育プログラムの企画・運営・評価」「実地指導者への助言」「実践の指導」「新人のリフレクション」「看護部中央研修のファシリテーション」などの役割を果たしている。

 最後に松浦氏は、同大大学院経営学研究科教授の鈴木竜太氏との対談8)を踏まえ、個々の医療職のつながりが薄れ、電子カルテで情報を取り、申し送りも廃止されたような昨今の医療現場は「ジグソーパズル型マネジメント」であると指摘。個々のメンバー間には、パズルのピースが隙間なく並ぶように重なりがなく、業務は最適化・効率化されているが、他者との互いの違いに気づくことのない組織になってしまうと、そのデメリットを示した。そのうえで、多様性のマネジメントを進めるには「ちぎり絵型マネジメント」―ちぎった和紙を少しずつ重ねながら台紙に貼り付けていく、ちぎり絵のようなマネジメントがふさわしいとし、メンバーが相互に重なり合ってかかわることにより、互いの違いに気づき、認め合い、活かしていく組織を提唱した。

 

◉ 参考文献

  1. 松浦正子:看護師長のコンフリクトの認知と対処行動の構造―コンフリクト対処行動に焦点をあてて―, 第7回日本看護管理学会年次大会講演抄録集、p.110, 2003.
  2. 松浦正子・林千冬:病院組織における看護師長のコンフリクトの認知, 第8回日本看護管理学会年次大会講演抄録集, p.148, 2004.
  3. 松浦正子・林千冬:看護師長のコンフリクト対処行動, 日本看護管理学会誌, 8(2), p.21-29, 2005.
  4. 松浦正子・池上峰子・大原彰子:育児休業を取得する看護師の妊娠から復職までの意識の変化―フォーカス・グループ・インタビューから、第12回日本看護管理学会年次大会講演抄録集, p.155, 2008.
  5. 松浦正子・池上峰子・大原彰子他:育児休業者の職場復帰に向けたeラーニングプログラムの開発過程―インストラクショナル・デザインによるコンテンツ開発, 第13回日本看護管理学会年次大会講演抄録集, p.177, 2009.
  6. 松浦正子・高橋京子・大原彰子他:臨床の教育担当者を育てる、活かす(インフォメーション・エクスチェンジ1), 第17回日本看護管理学会学術集会抄録集, p.135, 2013.
  7. 松浦正子他:地域包括ケア時代の病院の選択と看護管理者の戦略(日本看護学会企画,第18回日本看護管理学会学術集会抄録集, p.88, 2014.
  8. 鈴木竜太・松浦正子:【対談】多様性をいかす組織とは 「関わりあう職場」のマネジメント, 看護管理, 28(8), p.670-676, 2018.

 

 

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教育講演1

ダイバーシティをいかす組織とリーダーシップ

座 長:勝原 裕美子(オフィスKATSUHARA)

講 師:谷口 真美(早稲田大学大学院 商学研究科)

 メインテーマ中に「多様性」というキーワードを掲げた本学会における教育講演。長年「ダイバーシティ(多様性)」を研究している谷口氏が、「ダイバーシティの考え方の変遷」「ダイバーシティとパフォーマンスとの関係」「ダイバーシティマネジメントの実践(リーダーの役割)」について、理論や事例を交えて解説した。その中で、特に管理者にとって興味深いと思われる指摘を2つ紹介する。

 

1. 管理者に重要な「距離」の認識

 組織のダイバーシティをとらえる観点には「格差(影響力をもつ役職をマジョリティが占める時に生じる)」「種類(各メンバーがもつ固有の違い)」「距離(職場内の価値観の隔たり)」の3つがある。管理者は組織を各観点から理解する必要があるが、特に自己と部下の価値観の「距離」について把握し、集団のアイデンティティをつくることが重要となる。

 

2. コンフリクトへの対処がもたらすよりよい協働

 多様なメンバーから成る集団ではコンフリクトが起こりやすいが、それは必ずしも集団にとってマイナスではない。管理者がコンフリクトに対処することは、よりよい協働の創出につながり得る。

 旬のテーマでもあり、聴衆はたいへん熱心に聞き入っていた。フロアからの質問「リーダーは組織内の多様性に着目するものの、そこで留まってしまうのをどうしたらよいか」に対して、谷口氏は「外部環境との関係性で、職場の外に視点を向ける。世の中に適合するために今ある人材をどうするかという視点をもつこと」とアドバイスを行った。

 

 

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教育講演3

多様性に寛容な社会と職場を目指して

座 長:林 千冬(神戸市看護大学 基盤看護学領域 看護管理学分野)

講 師:宮子 あずさ(看護師 & 著述業)

● 自分らしさと看護師らしさ

 看護師は時に理不尽であっても“患者さんらしさ”を尊重する一方、自分は本来の“自分らしさ”を抑制し、“看護師らしさ”という枠に当てはめる傾向にある、と宮子氏は自身を振り返りながら指摘する。それが原因でしばしば不寛容で強固的な思考に陥りがちな看護師たちには、共通する次のような背景があるという。

 

① 予後が不確定な中で、緊急性のある選択が求められる

② 生命にかかわる極限の状況で、理性的な判断が求められる

③ 高い倫理性が求められ、倫理的葛藤が生じやすい

④ 完全治癒など、誰もが望む最高の状態は、容易に選択できない

⑤ 経済原理を働かせてはならず、優先度がつけにくい

⑥ しばしば、強く感情が揺さぶられる

(宮子あずさ著『宮子式シンプル思考主任看護師の役割・判断・行動―1,600人の悩み解決の指針』日総研出版より)

 

●「不寛容」が生み出される理由

 さらに看護職は、個人で抱えきれない難しい問題と向き合い判断が求められる立場に置かれており、それらを「組織の判断」という形で防衛せざるを得ないという現状がある。その過程でマニュアルや階級社会、規則、〜らしさ、制服といった画一化・均一化により個の抑圧が図られ、不寛容な組織が生み出されるのだと述べた。

 また、こうした事態には患者・利用者らの不寛容さも影響を与えているとし、病状の悪化や死を受け入れられない患者の思考の歪み、価値観の固執から生じる理不尽な態度・行動といったものを看護師は常に許容せざるを得ない。その状況が「患者に寄り添うことは善」「陰性感情を抱くことは悪」といった個の抑圧につながっていると説明した。

 宮子氏は、多様性を認め寛容であるために必要な姿勢として、自分が普通だと考えないことや、同意と理解を混同しないこと(理解しても同意しなければならないわけではない)、また相手の気持ちを決めつけないこと、そして「好き嫌い」を「正義」の問題にすり替えないことを提案。「その人らしく働く看護師が、患者さんのその人らしさを大事にでき、そこに臨床の楽しさが生まれる」と語った。

 

 

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シンポジウム1

波に乗って新たなうねりを創る―診療・介護報酬改定5か月経った今―

座 長:任 和子(京都大学大学院医学研究科 人間健康科学系専攻 臨床看護学講座)

   山田 雅子(聖路加国際大学大学院 看護学研究科)

シンポジスト:奥田 清子(厚生労働省 保険局医療課)「平成30年度診療報酬改定の概要」

       塩田 美佐代(NTT東日本伊豆病院 看護部)「診療報酬から見た看護の体制整備と課題」

       齋藤 訓子(公益社団法人 日本看護協会)「同時改定から見た地域包括ケアにおける看護機能と人材活用」

       石田 昌宏(参議院 議員)「診療報酬・介護報酬同時改定からこれからの看護のあり方を考える」

 2018年度の診療報酬・介護報酬同時改定について、4人の講師がそれぞれの立場から解説し、今後の展望や看護職への期待を示した。まず奥田氏は、今回の改定が地域包括ケアシステムの促進を主軸に置き、少子高齢化などによる急激な社会環境の変化やケアニーズの変化などを踏まえて行われたものであるとし、入院料の再編・統合や入退院支援加算新設など、今回の主な改定項目について説明した。

 

● 改定をどう捉えるか、現場では何が求められるのか

 塩田氏は、入退院支援加算により患者が入院前から入院生活・治療内容・退院後の生活までイメージでき安心して入院生活を送れることが早期退院にもつながると説明。入院前にしっかりとアセスメントし、病棟や治療にかかわる多職種をコーディネートできる看護師が必要になると主張した。

 斎藤氏は、今回の改定で入退院支援加算ができたことにより、入退院支援センターなどがケアの実質的なコーディネーター役になり、病棟看護師の負担軽減につながること、新設の機能強化型訪問看護管理療養費3などでも病院と訪問看護ステーションの密な連携が求められていることを説明。そのうえで今回の改定を「看護のコネクトのところに報酬がついたもの」と表現し、これを意義あるものにしていくため、地域の中で組織を超えて看護がつながっていく必要があるとした。

 石田氏は、まず「人が増えたらいつかよい看護ができるという考え方はそろそろやめませんか」と問いかけた。現実的には医療費の伸びが止まれば看護師も減るのだから、今いる人員で質を高めるしかないと主張。そのうえで、今回の改定を「前には進んだが調整にとどまった」と評した。また、看護を診療報酬上で評価するよう求める動きに対して、「報酬はケアの質を評価するものではない」と指摘。患者の視点から考えた質の高い看護が提供できるよう、報酬体系をもっとシンプルで自由度の高いものとし、看護職には報酬の枠を超えてチャレンジしていくことを求めた。

 

●AI時代のナースの役割は?

 ディスカッションで奥田氏が、生産性の向上という視点でAIやロボットを話題にすると、齋藤氏は「AIが入って来た時、ナースの役割はマネジメントではないか」との見解を示した。さらに石田氏の「AIやロボットを利用することで患者に寄り添う時間が取れる」との見解を受け、山田氏は「AIやロボットが入ってくるからこそ、人対人の看護の力をもう一度取り戻さなければいけないと感じている」とした。また、任氏は今回のシンポジウム全体について「報酬の算定だけに拘泥するのでなく、私たち看護職がどこに中心課題をおくべきかを考える機会になった」と評した。

 

 

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つづく